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19/100 最後の縮毛 その2

2004年11月私がいない間もジョンのサンはライブを続けていたし、私がスコットランドを出る直前に神谷と吉川さんがアイルランド旅行ついでに来てくれて、エディンバラでライブをやったりしたから、日本に戻ってからもまたすんなりバンドに入らせてもらう事ができた。それに、神谷と吉川さんと欣司はその年、3人ですごくがんばって、信じられない事にお客さんがちょっと増えていたり、ライブに誘ってくれる人脈が広がったりしていた。そしてこの頃のある日、クラブBLでライブしたあと、かおり君に話しかけられた。横でタピ君(結局今日まで一回もしゃべった事ない)が笑ってた。自己紹介されて驚いて、メールのお礼をした。その後にかおり君は私にこう言った。「やっと見れましたけど、アティテュードっつーか、感じますねやっぱ。」アティテュードは、当時の青臭い神谷と私が出さないように努力していたものの一つだった。何かバンドとかやってるんですか?と聞くとかおり君は答えた。「いやー、やってるけど、僕たちなんかほんとにジャンクなサウンドなんで。」本当に一切誇張せずに書いてて、こういうルー大柴みたいな話し方を平気でする人だった。かおり君はまだベジタリアンになる前で、今よりも太っていて、当時からアースカラーの服しか着ておらず、動じず、どぶにいるカエルのようだった。何て言うバンドですか?と聞くと、「あー、ジ・アクト・ウィー・アクトって言うんですけど」とはっきりした発音で答えて、私はまた驚いた。いわゆる青春の1ページの様な瞬間だった。話を戻すと、そもそも佐藤くんが私のアニマル・コレクティヴの説明を聞いてthe act we actの話をしてきたのは、「ギターの人(アヴィー・テアーじゃない方、パンダ・ベアー?)がギターを首からかけているだけで弾かずにずっと変な踊りを踊ってる」という部分に反応して、「the act we actというバンドのギターの人がギターを弾かずに、タンバリンを叩いたりシンバルを叩いたりしてるだけで、その人が見てて、何か違うっていうか誰からも歓迎されてないっていうか、面白い」っていう事だった。そして、私が初めてthe act we actを見に行った時、かおり君はギターを首からかけていて、一曲目がカウントされると同時にそのギターをくるんっ!と後ろに回してシンバルを叩き始め、ボーカルの五味くんにすぐ跳び蹴りされて吹っ飛んでいった。やっぱりこの人がその係だったか!と私は思った。その後、かおり君は私達に色んなバンドを引き合わせてくれたり、何故か古賀さんとかおり君が一緒に住むようになりその部屋で作曲や練習をさせてもらいその度にかおり君だけベランダに出て七輪で何かを焼いてくれたり、たまにバンドに入ってくれたりする関係になった。かおり君はわりと早めにthe act we actを脱退してしまった。企画をいくつかしていたがどれも進行が酷く、特に2006年の3月に行われたTRISTEZAのツアーの名古屋ライブは最悪だったようで、私は行ってないけど、会場の得三、前座の二組、その他いろんな方面から後から聞いたところによると、適当地獄で出演者同士も仲が悪くなって終わったらしい。 ライブは一秒も見ず運転と打ち上げに専念するローディーの名手として名を馳せた事もあったけど、ついに今はどこにいるかわからなくなってしまった。 でも現在もかおりインスパイアの人達は少なくなく、吉田松陰みたいな感じになってる。たまにそういう人から私に「今かおりさんといるんですけど来ませんか?論破したがってます。」という連絡が来る。だいたいその門下生みたいな人達は死んだ目をしていて、恐いから行けない事が多い。
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by puddingreseach | 2014-11-09 17:36

18/100 最後の縮毛 その1

2004年1月スコットランドで学校のプログラムが始まる3週間前に私はロンドンに着き、地下鉄に乗り、ウォータールーという駅(ミーハー心のみで選んだ)で降りてベッド&ブレックファストで一泊しその足でユーロスターに乗ってフランスのポワチエへ行った。ポワチエという都市は小さく、有名でもなく、中根さんという人がそこで勉強すると聞いた時には、黒人俳優のシドニー・ポワチエが地名を二つくっつけた変な名前であることを知った。アラン・レネの『24時間の情事』で、二つの離れた場所の隔たりについて連呼される、「ヒロシマ・・・ヌヴェール・・・!!」というのがそのまま名前になった様なものだった。くどいけど、船橋さんという人に娘が生まれて松江という名前をつけるようなものだった。ポワチエで中根さんと安くて美味しいものを食べて過ごし、スコットランドへ行く2日前に中根さんの親友で私も仲の良かったヨウコさんという人に会いにパリへ行った。パリを観光した後、ヨウコさんのアパルトマンでバンドの話になった。ジョンのサンは初ライブの芸音センターを除けばまだクラブBLでしかライブをしておらず、誰も知らないバンドだったのに、ヨウコさんは唯一の音源『ジョンのサンのミュージックステーション』をある別の友人に聴かせてくれていて、その人がその中に入っているラモーンズのdo you wanna dance?とルー・リードのsatelite of loveのカバー演奏を(ヨウコさんの期待通りに)気に入ってくれて、「連絡する」と言っているとの事を教えてくれた。本当にすぐ連絡をくれたその人は、私と同い年で、シカゴに行ってジョーン・オブ・アークと仲良しになってアルバムにもクレジットされているという物凄いステータス(現在となっては、その人の波乱万丈な人生の一つのフリとしてあるのみの話だけど)を持つ、鈴木香織君だった。メールにはこうあった。「ヨウちゃんから聴かせてもらいました。すごい良くて、普段どういうスタンスでやってるのかとか気になるんで、また日本に帰ってきたら連絡します!」このメールを読んで、自分のあまのじゃくを反省する気持ちと、メールって難しいものだなという気持ちと、なんかこの人いやな奴だろうなという気持ちが、3つ同時に私に沸き起こった。特にスタンスという言葉が気になった。音楽に関しては少しでも業界っぽい言葉が口から出てきたらその人の事を軽蔑する事にしてた。かおり君という人は前にも書いたけど、アーカイヴという言葉を、平等院ではなく、鳳凰堂のアクセントでわざわざ発音する人だった。いま思うと、メールだから発音とか無いけど、この時のスタンスは、トロントではなく、ベランダのアクセントで使っていたのだろう。とにかくそのようなネガティブな印象のまま、「ありがとうございます!!」というメールを返信して、私がヨーロッパにいた9ヶ月のあいだは、かおり君という人がいるという事をわかっているだけで特に何の事は無かった。2004年11月私が警察犬に必要以上にクンクンされながら帰国して、色んな友達と順番に再会していた時に、自主映画を撮っていた佐藤くんと飲みに行った。土産話の一つとして、私がグラスゴーにムームのライブを見に行った時に前座でやってるのを見て大好きになってその後のエディンバラでのライブも見に行ったアニマル・コレクティヴについて、どんなバンドかを説明した時に、佐藤くんは「よさそう!」と言ってくれて、「実はちょっとそういう感じかも知れないんだけど、草太くんに見て欲しいバンドが豊田にいて、スタジオライブとかやってるんだけど」とthe act we actというハードコアのバンドの事を教えてくれた。
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by puddingreseach | 2014-11-04 12:11

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