プリンリサーチ

2/100 汗っかきのドラマー

2002年8月

3人で練習したあと、ドラムは誰がいいかという話し合いをしたのか、それとも元々決まっていたけどその日は何かの都合で来なかっただけなのか、ドラマーとしてやはり高校の同級生で中京大学の2年生だった青山君(通称欣司(きんじ)くん)を誘って、俺でいいの?という確認のあと快諾してもらった。
わざわざドラマーと書いているのは欣司がまさにドラマーだからで、私はギタリストではなく、神谷君はベーシストではないけど、欣司はドラマーだった。欣司がもしベースを担当したらベーサーだったんじゃないかと思うくらい、欣司はドラマーだった。ドラムが似合うと思っていたし、音楽に強い(屈折した)こだわりはなく、座らせてみたら本当にただドラムに座っているだけだった。
このようにして4人でバンドをやることになった。
欣司がドラム、神谷君がベース、私がギター、吉川さんがキーボードで、歌は吉川さんと私が担当した。
卒業してから1年半も経ってからこの4人がバンドをやり始めたという事は高校の友達にあまり知られていなかったし、もし知られてもなぜその4人?というようなメンバーだった。その4人で遊んでた訳じゃないし、吉川さん以外の男子3人で遊んでた訳じゃないし。
でもそれからは4人で色々な経験をすることになった。
海外での演奏からどぶさらいまで。

4人で最初に集まったのは吉川さんの家だったと思う。
昼間から何を話し合ったかは忘れた(コピーする曲の耳コピとメモをみんなでしてたかもしれない)けど、はっきり覚えているのは料金やアクセスなどから練習しやすいスタジオを調べて一番良さそうで当時の4人の住所(川名、本山、東山、日進、これだけでもいかに私達が山の手のきちんとした家で育てられたかが名古屋の方ならわかるはずです)の中間地点だった上社のque(キュー)というスタジオへ電話してその日の夜に練習する予約をした。ちなみにこの一個前に書いた(欣司抜きの3人で入った)スタジオは原のchargeというところで、高校の時にスクラッチゲリラマシンで利用していたからそこをとりあえず一回使っただけだった。とにかく私達はその日からqueに通いまくるだけのバンドになった。
スタジオに入ってやった曲は二曲で、パステルズのsomething's going onとベルアンドセバスチャンのwomen's realmだった。
欣司はドラムを少年ジャンプで練習してきてくれていた。ただ欣司のドラムは、どの曲でもドツタツドツタツ、つまりハイハットを1拍ずつずっと鳴らして1拍目にバスドラ、3拍目にスネア、という叩きかたしかできなかった。最初にqueに入った時から欣司が大阪へ去るまでの約3年間、 ずっとこれで通した。
この延々と続くドツタツ砂漠の唯一のオアシスは、欣司が袖で汗を拭く瞬間だった。
欣司は汗かきだったので、曲の途中で汗を拭く事がたまにあり、そのたびにドツタツのリズムがずれた。
この練習のあと、お金を割り勘で払って、こんな風でいいのかなと思いながら私達はバイバイをした。
この感じがここから1年続いた。
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by puddingreseach | 2013-04-13 14:07

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